HOYA(7741)という社名から、メガネレンズを思い浮かべる人は多いでしょう。
そのHOYAが、データセンターの記憶容量を増やす技術にも深く関わっています。手掛けるのはHDDの内部に入る円盤状のガラス基板です。
注目したいのは、単に「AIが普及するとHDDが売れる」という話ではありません。
HDDを大容量化するには、円盤1枚に記録できるデータを増やす方法と、1台に入れる円盤を増やす方法があります。
前者では高温の製造工程に耐える材料が必要になる。後者では薄くしても変形しにくい材料が求められる。
この二つの要求が、アルミからガラスへの材料転換を後押ししています。
HOYAを見るうえでは、HDD市場の成長に加えて「これまでアルミが使われていた場所へガラスが入る」という変化が重要です。HDDの仕組みとメーカー各社の動きを確認しながら、その変化が同社の業績へどうつながるかを掘り下げます。
HOYAは何で稼ぐ?情報・通信事業が通常営業利益の約65%を担う
HOYAの事業は、大きく「ライフケア」と「情報・通信」に分かれます。
ライフケアにはメガネレンズやコンタクトレンズ、眼内レンズなどがあります。情報・通信には半導体関連のマスク&ブランクス、HDD基板、光学関連製品などがあります。
2026年3月期の連結売上収益は9,477億円でした。このうちライフケアが5,907億円で約62%。情報・通信は3,548億円で約37%です。
利益を見ると、この関係が逆転します。
会社が開示する「通常の営業活動からの利益」は、ライフケアが1,070億円。情報・通信は1,863億円でした。
情報・通信の通常営業利益率は52.5%。全社の通常営業利益2,852億円に対して約65%を占めます。

つまり、情報・通信の成長はHOYA全体の利益を大きく動かします。
半導体製造に使うマスクブランクスも重要な製品ですが、今回注目するのはHDD用ガラス基板です。
まず、HDDのどこに使われる部品なのかを見ていきます。
HDDはどうやってデータを保存する?ガラス基板は磁性膜を支える土台
HDDの内部にはプラッターと呼ばれる円盤が重なって入っています。
この円盤をスピンドルモーターが高速で回転させます。円盤の表面には磁性膜があり、磁気ヘッドがデータを書き込み、読み取ります。
ガラス基板は、その磁性膜を支える土台です。データを記録するのはガラスそのものではなく、表面に形成した磁性膜です。

HOYAはこのガラス基板をを製造しています。
基板原材料を円盤状に加工し、強化や研磨を施して出荷します。その後、メディアメーカーが磁性膜などを形成します。HDDメーカーは完成した磁気ディスクをヘッドやモーターなどと組み合わせます。
商流を簡略化すると、次のようになります。
HOYAなどの基板メーカー
↓
磁性膜を形成するメディアメーカー
↓
部品を組み立てるHDDメーカー
↓
データセンターなどの利用者
メディア製造をHDDメーカー自身が行う場合もあります。

この役割分担を押さえると、HOYAの技術的な価値が分かりやすくなります。
記録方式を進化させるのはHDDメーカーです。その新しい記録方式を載せられる土台をつくるのが基板メーカーです。
表面の精度、薄さ、剛性、耐熱性。HDD側の要求が厳しくなるほど、単なる円盤では足りなくなります。
なぜAI・データセンターでHDDが必要になる?計算した後もデータは残る
AIで増えるのは計算量だけではありません。
学習に使うデータや生成したコンテンツなど、保存するデータも増えます。計算処理が終わった後も、蓄積したデータを保持する場所が必要です。
Western Digitalは2026年9月の発表で、AIの実利用が広がるにつれてデータが蓄積し続けることを指摘しています。大量のデータを経済的に保存・管理する能力が、AIインフラの重要な要素になっているという説明です。
ストレージは、読み書きの速さだけで選ばれるわけではありません。
高速なアクセスが必要なデータではSSDが重要です。大量のデータを比較的低い保存コストで保持する用途では、3.5インチのニアラインHDDが使われます。
HOYAも、ニアラインストレージでHDDが使われる理由としてSSDに対する価格優位性を説明しています。

データが増えたからといって、HDDの台数だけを増やし続けると設置場所も必要になります。そこで重要になるのが、同じ大きさのHDDにより多くのデータを入れることです。
HDDの容量は、概念的には次の二つで決まります。
1枚のプラッターに記録できる容量 × 搭載するプラッターの枚数
1枚あたりの記録容量を高め、1台に搭載する枚数を増やす。
HDDメーカーは、この両方から大容量化を進めています。ここからHAMRとガラス基板の話につながります。
HAMRとは?「保存するときは安定、書く瞬間だけ変化させやすくする」技術
HAMRは、Heat-Assisted Magnetic Recordingの略です。日本語では熱アシスト磁気記録と呼ばれます。
HDDの記録密度を高めるには、磁性膜の小さな領域へデータを詰め込む必要があります。ところが磁性粒子を小さくすると、熱の影響で磁化の向きが変わりやすくなります。
保存した情報を安定させるには、磁化の向きが変わりにくい材料が必要です。しかし今度は、ヘッドでデータを書き換えることが難しくなります。
「小さくしたい」「安定して保存したい」「書き換えたい」という三つの要求がぶつかるわけです。
HAMRは、書き込む場所だけをレーザーで一時的に加熱します。熱によって磁化を変えやすくした瞬間に書き込み、冷えると安定した状態に戻します。
保存中の安定性と書き込みやすさを、温度を変えることで両立する技術です。
Western Digital「The HAMR Future」
この技術によって、従来より細かな領域へデータを記録できます。
HAMRの本質は円盤を増やすことではありません。1枚の円盤に記録できる容量を増やすことです。
そしてその記録媒体をつくる工程で基板にも新しい要求が生まれます。
HAMRと多枚数化でガラス基板が選ばれる二つの理由
HAMRでは磁性膜をつくる高温工程への耐性が必要
HAMRとガラス基板の関係で重要なのは、磁性膜の製造工程です。
HOYAは決算FAQで、HAMR用ディスクの磁性膜を製造する際には従来より高温が必要になり、アルミニウム合金より耐熱性の高いガラス基板が求められると説明しています。

HDDを使う際に記録点を瞬間的に加熱することと、製造時に基板上へ磁性膜を形成することは別の工程です。
ガラス化を理解するうえでは、後者の「高温工程を受け止める土台」という役割が重要になります。
より高密度に記録できる磁性膜を採用する。その膜を製造できる基板材料へ切り替える。この順番で、記録方式の進化が材料の変更につながります。
多枚数化では薄さと剛性の両立が必要
もう一つの要因は、プラッターの多枚数化です。
同じ筐体に10枚ではなく11枚、さらに12枚を入れるには1枚あたりを薄くする必要があります。
薄くしても高速回転中の形状や精度を維持できることが必要です。そこで、変形しにくい高剛性のガラスが選ばれます。
HOYAは、アルミニウム合金より剛性の高いガラスが薄型化と多枚数化に適していると説明しています。

この材料変更は、HDDメーカーの開発でも具体化しています。
東芝は12枚の磁気ディスクを実装する技術について、アルミからガラスへ変更することで薄型化を進め、機械的な安定性や面内精度を高めたと発表しています。
東芝デバイス&ストレージ株式会社「業界初、磁気ディスク12枚実装の検証に成功」2025年10月14日
二つのガラス化要因は、別々に成立します。
HAMRを採用するから耐熱性が必要になる。
搭載枚数を増やすから薄さと剛性が必要になる。
したがって、HOYAの成長機会をHAMRの普及だけで捉えると、多枚数化による材料転換を見落とします。
ポイント
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HAMR:高温の磁性膜製造に対応する耐熱性
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多枚数化:薄さと変形しにくさを両立する高剛性
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二つの技術経路からアルミ基板の置き換えが進む
Seagate・Western Digital・東芝はどこまでガラス基板を採用している?
Seagate:HAMRを量産へ展開
Seagateは、HAMRを使う「Mozaic」を展開しています。
同社はMozaicについて、ハイパースケールの本番環境で使われるプラットフォームと説明しています。10枚のディスク構成を維持しながら、1枚あたりの記録容量を高める設計です。
Mozaicの磁気媒体には特殊ガラス基板が使われます。その上に下地層と鉄・白金系の磁性膜を形成する構造です。
Seagateでは、ガラス基板を土台とするHAMRが実際の製品展開につながっています。
Seagate「Gen 2 superlattice platinum-alloy media」
Western Digital:ePMRを継続しながらHAMRへ
Western Digitalは既存のePMRによる大容量化を続けると同時に、HAMRの顧客評価を進めています。
同社の技術説明では、HAMRへの移行に伴う主要部材として、11枚すべてのディスクに使うガラス基板メディアを挙げています。
既存方式の容量拡大と並行して、HAMR用ガラス基板を使う次の製品世代を準備する段階です。
Western Digital「The HAMR Future」
東芝:HAMRを待たず、11枚化でアルミからガラスへ
今回の二つのガラス化要因を最も分かりやすく示しているのが東芝です。
2026年3月にサンプル出荷を開始したM12シリーズは、前世代からディスクを1枚増やした11枚構成です。東芝は、従来のアルミ基板メディアから、薄型化できるガラス基板メディアへ変更したと明記しています。
採用するのは、マイクロ波を利用するFC-MAMRです。HAMRではありません。
東芝デバイス&ストレージ株式会社「SMR方式で30~34 TBを実現したニアラインHDDのサンプル出荷開始について」2026年3月31日
さらに東芝は、ガラス基板を使った12枚実装とMAMRを組み合わせ、2027年に40TBクラスの製品を投入する計画を示しています。

東芝デバイス&ストレージ株式会社「業界初、磁気ディスク12枚実装の検証に成功」2025年10月14日
SeagateはHAMRによる記録密度向上を進める。
Western Digitalは既存方式とHAMRを並行して開発する。
東芝は多枚数化によってガラスの採用を進める。
記録方式や移行時期は異なっても、大容量化のためにガラスの特性を使う方向へ進んでいます。
HOYAにとって重要なのは、特定の記録方式だけに需要が依存していないことです。
ガラス基板シェア100%のHOYAに、なぜまだ成長余地があるのか
HOYAは統合報告書2026で、ガラス製HDDサブストレートの市場シェアを100%としています。
ここで区別したいのがガラス基板市場とHDD基板市場全体です。
アルミを含むニアライン向け3.5インチ基板全体ではHOYAのガラス基板は約40%という会社推定です。
ガラスの中では圧倒的な位置にありますが、その外側にはまだアルミ基板が使われている大きな市場が残っています。

そのため、HOYAの成長は他のガラスメーカーからシェアを奪うことだけでは決まりません。
HDDメーカーがアルミをガラスへ変更すると、ガラス基板メーカーが供給できる市場そのものが広がります。
では、なぜその供給をHOYAが担えるのでしょうか。
同社は統合報告書で、HDD用ガラス基板にはかつて複数のメーカーが参入していたと説明しています。そのなかで、安定した品質を保ちながら大量生産を続けるノウハウを持つHOYAが市場に残ったとしています。
また、その強みを材料化学、要素技術、量産技術、事業化の組み合わせとして説明しています。

ガラスの円盤を1枚つくれることと、HDDの要求品質を満たす基板を大量に供給できることは別です。
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材料の性質を整える。
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薄く加工する。
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表面を研磨する。
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その品質を量産でも再現する。
この一連の工程がつながって初めて、顧客の製品へ継続的に組み込めます。
HOYAの強みは、ガラスという素材そのものを独占していることではありません。厳しい要求を満たすガラス基板を、品質と数量の両面で供給できることです。
そして顧客が耐熱性や薄型化を必要とするほど、その量産能力を使う機会が増えていきます。
新規顧客と増産投資は、HOYAのHDD基板売上をどう伸ばす?
材料置き換えの話は、HOYAの顧客数にも表れ始めています。
2026年4月の決算説明会で同社は、ニアライン向けの第2顧客への量産出荷を2027年3月期下期から、第3顧客への展開を2028年3月期に見込むと説明しました。
既存顧客のHDD販売が増えるだけでなく、新たな顧客の採用によって出荷先が増える構図です。

その需要に対応するため、生産能力も段階的に増やしています。
2026年7月の決算質疑では、ラオス工場に12ラインを設置できる建屋とクリーンルームを確保し、それまで4ラインで稼働していたと説明しました。残りの設備を2026年度から2027年度にかけて順次導入する計画です。

短期の需要には既存建屋への設備追加で対応する。その先の需要には新工場を用意するという順序です。
ベトナムでは新工場の設立を決め、2028年度、すなわち2029年3月期の稼働開始を目指しています。初期フェーズの投資額は約500億円です。
HOYA株式会社「統合報告書2026」情報・通信事業「HDD基板/中期的な展望」
足元の売上も伸びています。
2026年4~6月のHDD基板売上は前年同期比29%増。為替の影響を除くと15%増でした。会社は需要の強さを説明するとともに、ラオス工場の稼働率向上へ取り組んでいるとしています。

HOYAは情報通信事業のうちHDD基板単独の利益額や利益率を開示していません。同セグメントの52.5%という通常営業利益率は情報通信事業全体の数字です。
とはいえ、HOYAが高い収益を生み出している事業群の中で売上拡大が見込まれています。
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新しい顧客が加わる。
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対応する生産設備が立ち上がる。
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ガラスへの材料転換を出荷と売上へ変える。
この進捗が、HOYAの今後の業績を見るうえで重要になります。
HOYAで追うのはHDDの台数だけではない――ガラスへの置き換えを読む
HOYAの基板需要を考える単位は、保存容量だけでなく「何枚のガラス基板が必要になるか」です。
概念的には、次のように整理できます。
ニアラインHDDの出荷台数
× 1台あたりのディスク枚数
× ガラス基板の採用比率
× HOYAの供給シェア
売上を見る際には、これに基板の単価や製品構成が加わります。
今回の分析で特に注目したいのは、搭載枚数とガラス採用比率です。
多枚数化は1台に使う基板の枚数を増やします。HAMRへの移行は高温工程に対応するガラスの採用を後押しします。さらに、東芝のようにHAMRを使わず多枚数化からガラスへ切り替える経路もあります。
今後の確認項目は、次のように絞れます。
- ニアラインHDDの出荷台数と1台あたり容量
- HDDメーカー各社のHAMR量産・顧客評価の進捗
- 11枚・12枚構成の製品化とガラス基板採用
- HOYAの新規顧客向け量産出荷
- ラオスの設備増設とベトナム新工場の立ち上がり
- HDD基板の売上成長率
AIが生み出すデータを、どこへ保存するか。
同じ大きさのHDDへ、どうすれば多くのデータを入れられるか。
その記録方式と構造を、どの材料で実現するか。
この順番でたどると、HOYAのガラス基板が必要になる理由が見えてきます。
HOYAを「HAMR関連銘柄」と呼ぶだけでは、成長の経路を狭く捉えてしまいます。
同社が取り込むのは、HAMRによる耐熱要求と、多枚数化による薄型・高剛性要求です。HDDメーカーが異なる方法で大容量化を進めても、その一部がガラス基板の採用へつながります。
そしてHOYAには、その基板を安定した品質で量産してきた実績があります。
HDD市場が伸びることに加え、使われる材料がアルミからガラスへ変わる。その二つの変化を重ねて見ることが、HOYAのHDD基板事業を読むポイントです。
